八月四日は、長狭平野の鎮守である、大山高蔵神社の例大祭、地元で言われるところの“大山のまち”でした。
大山地域の内、六地区(平塚、金束、奈良林、古畑、佐野、釜沼)の神輿と宮立が大山寺境内に集合し、五穀豊穣を祈るものです。
毎年、年番(六地区の代表)に当たった地区の宮立は、他の地区よりも早く大山寺境内に着き、さらに、上方に鎮座する高蔵神社を目指し、旧参道を登っていきます。
この旧参道は、急斜面につくられた石段ですが、一部はくずれているところもあって、宮立を担ぎながら登るのは、とても厳しい参道です。

今年の年番は釜沼地区。
厳しいながらも高蔵神社に着き、神楽舞を奉納しました。
また、その間、大山寺の急な石段100余段を、各地区の神輿が登っていました。 石段を登りきり大山寺の境内についた神輿は、そのまま大山寺の拝殿に入って挨拶、すぐに境内に戻り、水を掛けられながら練り歩いては神輿をもみ、とても迫力のある姿でした。

そして、しばしの休憩のあと、大山寺の前で、平塚地区と奈良林地区の雨太鼓が打ち鳴らされました。
このとき、境内に集まった多くの人たちに、雨太鼓の打ち手が言いました。
本来は雨乞いの為の太鼓の音なのですが、台風も近づいているので、大きな被害がないように、控えめにしておきました。
このとき、いっせいに大きな拍手が起き、地元とともにある祭りだなと、あらためて感じました。
最後に、雨太鼓のあとは、金束地区の神楽舞の奉納です。
二つの剣をつかっての獅子の舞は、迫力があります。
さらに、剣の舞のあとは獅子に戻り、口をパクパクさせながら、寺の前に集まっていた子どもたちに向かって行きました。

獅子にかまれるとご利益があるといわれ、喜ぶ子どももいましたが、やはり怖がる子どももいて、その様子は愛らしいものでした。
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