「台所への愛を形にした、自分のための一軒家」ツレヅレハナコさん

ツレヅレハナコ キッチン

おたより/部屋は私でできている

2024/12/28

 料理をしているとき、緑を眺めているとき、あるいは友人や家族を呼んで過ごすひととき。家や部屋にはその人が大切にしてきたものが集積し、いわば年輪のようにその人の生き方や変化が刻まれている。家具や道具はともに時間を重ねることでいつしかなじんでいき、同志のようでもある。どうしたらそんな空間ができていくのだろう。力まず、少しずつ、居心地のよい空間をつくってきた人と部屋のこれまでとこれからを紹介。第一回めは「台所に住みたい」と思うほど料理を愛する文筆家、料理研究家のツレヅレハナコさんのご自宅を訪ねました。
(取材・浦本真梨子  撮影・日野敦友)

 

ツレヅレハナコ
文筆家・料理研究家。書籍や雑誌、WEBなどへの寄稿やレシピ提案ほか、器や揚げ鍋、アルミバットなど調理器具のプロデュースもおこなう。著書に『女ひとり、家を建てる』(河出書房新社)、『ツレヅレハナコのからだ整え丼』(GAKKEN)、『まいにち酒ごはん日記』(幻冬舎)など多数。
 Instagram: @turehana1

ツレヅレハナコ キッチン

1階には小さな台所を兼ねた土間がある。屋外と屋内をつなぐコミュニケーション空間として、ホームパーティのときにはここでウェルカムドリンクを出すなどして活用中。扉の奥は書斎と寝室。
 

ツレヅレハナコ キッチン

家の主役となる台所は2階に。業務用厨房機器メーカーに依頼したオールステンレスのシステムキッチンは、ステンレスの厚みにまでこだわった。コンロ脇の窓から入る自然光が美しい。


「まさか自分で家を建てるなんて思ってもなかった」

 

料理やおつまみ、お酒、国内外のローカルフードなど、食にまつわるあれこれを綴る文筆家のツレヅレハナコさん。彼女が暮らすのは、商店街に近い場所にある2階建ての注文住宅。マイホームを持つことがかねてからの夢だったのかと思いきや、ツレヅレさんから返ってきたのは意外な言葉。「まさか自分で家を建てるなんて思ってもなかったです」。

以前は二人暮らしが余裕でできる広めの賃貸マンションに暮らしていたツレヅレさん。その物件が気に入っていたこともあり、なんとなく、これから先もそこに住み続けるのだろうと思っていたが、知人の建築家に話すと、「賃貸にこだわる理由は? 高い家賃を払い続けるくらいならマンションを買うのはどうですか?」と言われ、ハッとした。『将来を考えれば、たしかにアリかも』と思ったツレヅレさんは、そこからすぐに不動産購入に向けて動き出した。ただし、当初考えていたのは、中古マンションのリノベーションだ。
「でも、マンション探しを始めると同時に理想が具体化していき、自分の条件とマッチする物件はなかなかないという現実に直面。それを建築家さんに伝えたら“理想が明確化しているなら、戸建を建てることも視野に入れてみてもいいのでは?”と。思ってもみない提案に驚きましたが、自分の理想のキッチンが作れるなら、楽しそうだなって思っちゃったんです」

ツレヅレさんは当時住んでいたマンションのキッチンが大好きだった。リビング・ダイニングから独立したL字型の台所は、3.5畳ほどのちょうどいい“狭さ”。シンクとコンロの距離感も絶妙で使い勝手が良く、手を伸ばせば必要な道具にすぐに手が届く、まるでコックピットのような空間。そして、何よりガスコンロ脇の窓から差し込む美しい自然光がたまらなく美しかった。
「料理するだけではなく、お湯を沸かす合間に一息ついたり、PCを持ち込んで仕事をしたり、夜になれば晩酌をしたりして。あまりに居心地が良くて、『台所に住みたい』と思っていたほど」。
その理想の台所を自分の手で実現できるなら、家ごと建てようと一気に方向転換。自分で土地を見つけて購入し、フルオーダーの家を建てることを決めたのだ。

 

1.すべては“サイド光”から始まった、キッチンづくり


   
ツレヅレハナコ キッチン

キッチンの入り口側から見た様子。空間の中央に仕切り壁を設け、左側のパントリーと右側の調理道具の収納場所を回遊できるように。
 

ツレヅレハナコ キッチン

壁の一面は有孔ボードになっていて、フックを使ってザルや小さな調理道具を吊るしている。


「新居を作ると決めた時、以前の家のキッチンの窓から差し込む光をどうしても再現したかったんです。私はそれを“サイド光”と呼んでいるのですが、その光のもとで眺める湯気のゆらめきや料理中の鍋の様子がきれいで。その光を再現するには、ただコンロ脇に窓をつければいいというわけではなくて、暗さも大事。ある程度の陰影があるおかげで、教会にさしこむような神秘的な光が生まれる。だから、土地探しもレイアウトも、サイド光を実現できるかが鍵でした。土地が決まり、建築家さんから提出されたプランは、キッチンが2階の北側、そしてフロアの半分を占めるという大胆なものでした。“暗い場所に台所!?”と驚かれるかもしれませんが、サイド光には暗さが必要だとわかっていたので、すぐに納得して。システムキッチンは重量のある質感を感じられるオールステンレス製。厨房機器メーカーに依頼して、厚みにこだわってお願いました。大好物の香味野菜を水に浸けておくために洗い物用シンクの隣にもう一つシンクを設置して、作業台の高さや位置も細かくリクエスト。さらにはパントリーを併設して移動もスムーズに。以前のキッチンで改善したいと思っていたシンクとコンロの距離を近づけ、本で読んだ料理研究家・有元葉子さんのキッチンも参考にして、天板の奥行きを深くして作業をしやすくして。そんなふうに自分にとってのすべての理想を盛り込みました」

 
ツレヅレハナコ キッチン

家を建てるにあたって、作りたかったのが鍋専用の飾り棚。モロッコ、インド、ベトナムなど世界各地で出合ったお気に入りの道具たちを並べて、日々眺めている。
 

2.つい手にとってしまう。気がつけばずっと使っている。それが自分にとっての、いい調理道具

 
ツレヅレハナコ キッチン

左から2つめのフックに吊るした無印良品の「シリコーン調理スプーン」は、混ぜる、すくう、盛り付ける、すべてをこなす優秀アイテム。その奥には同じく無印の「ステンレス お玉・大」(この穴が空いているお玉は旧タイプ)。


シリコーン調理スプーン

ステンレス お玉・大  (写真は旧モデル)
 

「調理道具が大好きで、お玉も調理スプーンも“そんなにいる!?”と言われるぐらいたくさん持っています。その中でも、“つい手に取ってしまう”のが、私にとってのいい道具の条件です。たとえばシリコーン調理スプーンは大きさ、深さ、丸み、すべてがよく考えられていて、炒め物だけじゃなく、とろみのある料理やソース、スープもきれいにすくえて便利。悔しいぐらい使いやすいんですよね。前職が料理雑誌の編集者だったご縁もあり、普段からいろんな料理研究家さんの家に行きますが、持ってない人いないんじゃないかなというほど。ステンレス お玉・大はちょっと小ぶりなところがちょうどいいんです。買った後に気づいたんですけど、内側に50ml、100mlと目盛りがついてて、気が利いてるな〜と。

 
ツレヅレハナコ キッチン
 
ツレヅレハナコ キッチン

「シリコーン調理スプーン」は、麻婆豆腐のようなとろみのある料理もしっかりすくえる。

かんたん調理 四川麻婆豆腐の素

ツレヅレハナコ キッチン


アカシアトレー

ツレヅレハナコ キッチン

頻繁に使うバット類はどこに何があるか一目でわかるよう、そして、すぐに手に取れるようパイン材ユニットシェルフ(旧モデル)を使ってオープン収納に。床の掃除をしやすくするため、自分でキャスターを後付けしたそう。

パイン材ユニットシェルフ86cm幅・小  (写真は旧モデル)

あと、『これ、どこのだっけ?』と忘れてしまうぐらい主張してこないデザインが好きですね。ロゴが大きく入っていたり、クセが強すぎる調理道具は使っているうちに飽きたりするけど、その点、無印のアイテムはそういうことがない。シリコーンスプーンは十年、バットやボウル類を収納しているパイン材のシェルフに至っては気がつけば二十年使っています。そういえば、これも無印良品だったな、って思うものが多い。意識させない、というか生活になじむ、溶け込んでいる感じです」

 
ツレヅレハナコ キッチン

食器拭きには落ちワタ混ふきん12枚組 縁カラー付を愛用。「撮影やホームパーティなど人の目に触れる場面も多いので、常にきれいなふきんを用意しておきたい。1セットでたくさん入っているので気兼ねなく使える。古くなったら雑巾にしてボロボロになるまで使い切ります」

落ちワタ混ふきん12枚組 縁カラー付 

 

3.友達を大勢呼べる広さと明るさがお気に入りのリビング

 
ツレヅレハナコ キッチン

 

「台所の次にこだわったのがリビング・ダイニング。友人や仕事以外を呼んでホームパーティを開くのが大好きなので、8人掛けの大きなダイニングテーブルを置いても余裕のある広さにしました。視界を遮らない、だだっ広い空間が理想でしたが、通常の柱と梁だけでは耐震性に欠けるため、太い柱と梁をアーチのように連ねることに。それが意外と無骨な感じに仕上がってかっこいいんです。空間を構成するメインの素材は木ですが、“ほっこり”しすぎないように柱と梁は濃いマホガニー色に塗装。当初リビング側の壁一面を窓にしたかったのですが、網なしの透明窓ではそれができず、建築家さんがひと回り小さいサイズを提案してくれました。でも、結果よかったですね。景色をちょうどよくトリミングしてくれて、家の中にいても外の電線が気にならない。家づくりはプロに委ねることも大事だと感じました」
 

ツレヅレハナコ キッチン

旅が多いツレヅレさんの家には各地で見つけてきた土産物が。左は秋田・男鹿半島の土産物屋で見つけたオルゴール。「男鹿小唄」のメロディに合わせて、なまはげが動く仕掛け。右は招き猫発祥の地と言われる豪徳寺で、友人がツレヅレさんの名前を入れてプレゼントしてくれた招き猫。

 

「女ひとり、家を建てたというと、大抵の人は“すごい!”と言ってくれるけど、私の場合は理想の台所がはっきりしていたから、もう建てるしかなかったというか(笑)」

だから、予算内でとことんこだわるところと、そうじゃないところに緩急をつけた。キッチンやリビング・ダイニングなど食以外の空間は建築家さんにほぼお任せにしたという。
「寝室はベッドが入る最低限の広さだし、床材だってお手頃なもの。お風呂場に浴槽は作らず、シャワーのみ。湯船に浸かりたい時は近くの銭湯に通っています。ほんの数年前まで自分で家を建てる選択肢はなかった。でも、“自分にできるわけない”という思い込みを捨てたら、不安よりもワクワクすることの方が増えたんです。そして、家を建ててから想像以上に毎日が楽しい。理想の台所があると、料理するのも楽しいし、料理をしなくたって楽しい。真夜中にキッチンの丸椅子に腰掛けてひとりでぼーっとするのもいいんですよ」

心から好きと思える場所をつくること。それは自分次第でできるのだとツレヅレさんはこの家で表している。

 

 
 
 
 
 
 

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