【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹

【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹

イベント・地域情報/地域情報

2021/05/07

【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹

みなさん、こんにちは。

青空に映えた緑が美しい季節になりました。
この季節、眩しいほどの青葉を眺めていると浮かんでくる一句があります。


「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」



江戸時代の俳人、山口素堂の有名な句です。

目で青葉を楽しみ、耳で山のほととぎすの声を聞き、舌で初鰹を味わうという、

「視覚・聴覚・味覚」で江戸の夏の楽しみ方を表した句です。



江戸時代、初物を食べると寿命が七十五日延びると言われ、初物は縁起物として人気がありました。
その中でも初鰹は、初物人気ランキング1位になる程、江戸っ子の憧れの的だったそうです。


流行りのピークには、現在の価格で一尾30〜40万円の値で取引されたという初鰹。

大金を払ってでも、人よりも早く初鰹を食べるのが、江戸っ子の粋でした。
【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹
こちらは江戸時代中期の浮世絵『江戸自慢三十六興』の一つ、「日本橋 初鰹」です。

女性が鰹を得意げにぶら下げていますね。



「まな板に 小判一枚 初鰹」


「初鰹 女房に小一年言われ」

また、冒頭の「目には青葉」の句を踏まえて、
「目と耳は ただだが 口は銭(ぜに)がいり」

など、江戸時代の俳句や川柳には、初鰹がいかに高価であったかを物語る作品が多く残されています。


実は江戸で大人気だったこの「初鰹」、鎌倉が有名な産地でした。


「鎌倉を 生きて出でけん 初鰹」

これは松尾芭蕉の句です。

当時鰹の産地として有名だったのは鎌倉や小田原だったそうで、相模湾で獲れた魚は、押送船(おしおくりぶね・おしょくりぶね)という手漕ぎの高速船で江戸に運ばれました。
【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹
有名な葛飾北斎の浮世絵『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』に描かれているのが押送船です。

この船は小型ですが、冷蔵・冷凍技術もない江戸時代、新鮮な内に魚を江戸に届けるため、7〜8人の漕ぎ手が常に櫓を動かして走っていました。


「初鰹 百足(むかで)のような 船に乗り」


せわしなく櫓が動いていた様子が浮かびます。

とにかくスピード勝負だった初鰹。
日本橋に到着すると、魚売りも急いで売りさばいたそうですが、魚売りが来るまで待てないと言って沖まで船を出し、押送船に小判を投げ込んで海上で買った人もいたとか。

やがてこの異様なまでの「初鰹ブーム」も江戸の終わり頃には下火となり、初鰹の価格も落ち着いたものとなりました。
【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹
「朝顔の縹(はなだ)の色の初鰹 日の出ぬ内と 夜通しに来る」

「鎌倉の雪の下なる初鰹 ふふめ(含め)ば消る 味わいぞ良き」


歌川広重の『魚づくし』でも、鎌倉の地名が見られます。


また、「(口に)含めば消える」とあるように、春に北上する「初鰹」は脂肪が少なく、さっぱりとした味だそうです。

北上しながら栄養を蓄えた鰹は、秋に脂をたっぷりつけて「戻り鰹」として南下していきます。

現在は脂の乗った戻り鰹の方が人気ですが、江戸時代はさっぱりとした初夏の初鰹の方が好まれたようです。


それにしても美味しそうな鰹です。


きっとこの鰹を描いた後に食べたであろう歌川広重にあやかって、今夜は我が家も鰹を食べることにしました。
【Café&Meal MUJI鎌倉】鎌倉の初鰹

「そこが江戸 小判を辛子味噌で食い」

江戸では鰹を辛子みそで食べていたようですね。


我が家はたっぷりの薬味と、ポン酢しょうゆでいただきます。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




本日のおたより カルベ 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

お店からのおすすめ情報や地域のおたより、配信中です。

鎌倉店のフォローや投稿記事への「いいね」を宜しくお願いします。

(右上のハートマークをタップしてください。)

Café&MealMUJIホテルメトロポリタン鎌倉

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇